陵墓にて
見慣れた近所の風景が、世界文化遺産なるものに登録されそうな感じである。
このあたりはどこに住んでも古墳の裾を踏んで暮らしているようなもので、むしろ古墳の隙間に棲家が建っているところすらある。
地元の人間は古墳ではなく御陵(ごりょう)と呼んでいた。クワガタ獲り、肝試し、ザリガニ釣り、ロケット花火戦争、口裂け女。なにかにつけて近所の巨大な立入禁止地区「御陵」は、われわれ当時の地元小学生にとって、親の目が届かぬ「もうひとつの世界」であった。
ある者は、領内の野良犬を手なづけようと勝手に名前をつけて子分のように可愛がり、いよいよ名前を書いた首輪をつけるところで、まわりの子供全員が凍りつくような怪我を負った。半野生化して毎日広大な古墳を走り回る犬、それはもうしっかり野犬だ。
薄暗い日暮れの周濠で、クヌギの木に五寸釘で打ち付けられた何体もの呪いの紙人形を見つけ、「うわ!」と声をあげてビビって後ずさりと同時に、足元のふかふかの枯葉の中にこれまた大量の捨てられたエロ本を見つけた時は、子供ながらに訳のわからない感情に襲われた。気の抜けた顔で帰宅すると、祖母は「このコはキツネが憑いたんか」と心配したが関係ない。ただ大量の呪い人形とエロ本を同時に見てしまった子供の、処理しきれない反応であった。
世界遺産とはいったい何だろう。長らくその価値を問うこともなくローカルな日常に溶け込んでいた歴史の一部が、あるとき切り取られて妙に脚光を浴びてしまうような。日本のシテーポップが突然世界に流行るようなものか。
だとしたらシテーポップもたいしたものであるのだな。
text,ニューヒロバ画報
このあたりはどこに住んでも古墳の裾を踏んで暮らしているようなもので、むしろ古墳の隙間に棲家が建っているところすらある。
地元の人間は古墳ではなく御陵(ごりょう)と呼んでいた。クワガタ獲り、肝試し、ザリガニ釣り、ロケット花火戦争、口裂け女。なにかにつけて近所の巨大な立入禁止地区「御陵」は、われわれ当時の地元小学生にとって、親の目が届かぬ「もうひとつの世界」であった。
ある者は、領内の野良犬を手なづけようと勝手に名前をつけて子分のように可愛がり、いよいよ名前を書いた首輪をつけるところで、まわりの子供全員が凍りつくような怪我を負った。半野生化して毎日広大な古墳を走り回る犬、それはもうしっかり野犬だ。
薄暗い日暮れの周濠で、クヌギの木に五寸釘で打ち付けられた何体もの呪いの紙人形を見つけ、「うわ!」と声をあげてビビって後ずさりと同時に、足元のふかふかの枯葉の中にこれまた大量の捨てられたエロ本を見つけた時は、子供ながらに訳のわからない感情に襲われた。気の抜けた顔で帰宅すると、祖母は「このコはキツネが憑いたんか」と心配したが関係ない。ただ大量の呪い人形とエロ本を同時に見てしまった子供の、処理しきれない反応であった。
世界遺産とはいったい何だろう。長らくその価値を問うこともなくローカルな日常に溶け込んでいた歴史の一部が、あるとき切り取られて妙に脚光を浴びてしまうような。日本のシテーポップが突然世界に流行るようなものか。
だとしたらシテーポップもたいしたものであるのだな。
墳墓の中には財宝が眠っている、と誰かが言い出し、みんなその気になって家の物置から盗掘道具を物色したことがあった。祖父は「千年遅いわ」と笑ろた。
(2019 ニューヒロバ画報 不音通信 vol.12)